不安を感じると、私たちは知らず知らずのうちに呼吸が浅くなり、肩が上がったり、胃が締め付けられるような感覚に襲われたりします。これらはすべて、東洋医学でいうところの「気の滞り（気滞）」の典型的なサインです。気とは、生命活動の根源となるエネルギーであり、私たちの体内を絶えず巡っています。この気の流れがスムーズであれば、心身は健やかさを保ち、精神も安定します。しかし、ストレスや過労、そして今回テーマとなっている「不安」といった感情は、この気の流れを阻害する大きな要因となるのです。

特に、不安は「肝（かん）」の働きと密接に関わっています。東洋医学において、肝は気の巡りを司る重要な臓腑とされています。肝の気が滞ると、イライラしたり、落ち込みやすくなったり、胸が詰まるような不快感が生じたりします。まるで、交通渋滞のように、本来スムーズに流れるべきものが滞ってしまう状態です。そして、この肝の気の滞りが、さらに不安を増幅させる悪循環を生み出すことも少なくありません。例えば、些細なことで心配になり、夜眠れなくなるといった経験は、まさに肝の気の滞りが引き起こす典型的な症状と言えるでしょう。

「気滞」が引き起こす心身の不調

「気の巡り」が悪くなると、具体的な身体症状として現れることも多々あります。例えば、頭痛、めまい、肩こり、消化不良、月経不順なども、気滞が原因で引き起こされることがあります。私のクライアントさんの中には、「いつも胃の調子が悪いけれど、病院で検査しても異常がないと言われた」とおっしゃる方がいらっしゃいます。このような場合、多くはストレスや不安による気の滞りが胃の働きを阻害しているケースです。

また、精神面への影響も見過ごせません。気が滞ると、思考が堂々巡りになったり、集中力が低下したりすることもあります。まるで、霧の中を手探りで進むような感覚で、物事がはっきりと見えなくなるのです。そして、この状態が長く続くと、さらに大きな不安や焦燥感へと繋がり、時にはうつ状態に陥るリスクも高まります。心と体は常に密接に連携しており、どちらか一方の不調が、もう一方に影響を与えるのは自明の理です。

気功が「気の巡り」を整えるメカニズム

では、このような「気の滞り」に対して、気功はどのようにアプローチするのでしょうか。気功は、呼吸、姿勢、意念（意識）を統合することで、体内の気を調整し、その巡りを改善していく中国古来の養生法です。外から何かを注入するのではなく、ご自身の内にある「気」の力を引き出すことで、自然治癒力を高めていきます。

例えば、気功の基本的な功法の一つに「站椿功（たんちゅうこう）」というものがあります。これは、まるで木のように静かに立つ姿勢をとることで、体幹を安定させ、気の巡りを促す功法です。最初はただ立っているだけのように感じるかもしれませんが、意識を集中し、呼吸を整えることで、体内にじんわりと温かい感覚が広がり、気の流れが活性化していくのを実感できます。これを継続していくと、次第に心身の緊張がほぐれ、不安感が軽減されていくのを実感するでしょう。まるで、凍っていた川が少しずつ溶け始めるような、そんな感覚です。

また、気功には、特定のツボや経絡に意識を集中させ、気の流れを促す功法もあります。例えば、胸の真ん中にある「膻中（だんちゅう）」というツボは、気の通り道であり、ここに意識を向けることで、胸のつかえや呼吸の浅さを改善する効果が期待できます。まるで、排水溝の詰まりを取り除くように、滞っていた気の流れをスムーズにするイメージです。

日常生活でできる「気の巡り」改善法

気功は専門的な訓練が必要だと感じるかもしれませんが、日常生活の中で簡単に取り入れられる「気の巡り」改善法もたくさんあります。これらは、日々のセルフケアとして非常に有効です。

まず、最も基本的なことですが、深呼吸を意識することです。不安を感じた時、私たちは無意識のうちに呼吸が浅くなりがちです。しかし、ゆっくりと深く息を吸い込み、完全に吐き出すことを繰り返すことで、自律神経のバランスが整い、気の滞りが解消されやすくなります。腹式呼吸を意識し、お腹を膨らませるように息を吸い、へこませるように息を吐くと、より効果的です。

次に、適度な運動も非常に重要です。激しい運動でなくても構いません。ウォーキングやストレッチ、軽いヨガなど、ご自身が心地よいと感じる運動を継続することで、全身の血行が促進され、気の巡りも活発になります。特に、体をひねる動きや、肩甲骨を動かす運動は、肝の気の滞りを改善するのに役立ちます。まるで、サビついた機械に油を差すように、体を動かすことでスムーズさが戻ってきます。

そして、規則正しい生活も欠かせません。睡眠不足や不規則な食生活は、気の消耗や滞りを招きやすくなります。決まった時間に食事をとり、十分な睡眠時間を確保することで、体は自然とバランスを取り戻し、気の巡りも整いやすくなります。特に、夜更かしは気の消耗が激しいため、できるだけ避けるように心がけましょう。

食事面では、香りの良い野菜や柑橘類など、「気」の巡りを助ける食材を積極的に摂ることをお勧めします。春菊、セロリ、ミツバ、柑橘系の果物などは、気の滞りを解消する作用があるとされています。また、暴飲暴食は胃腸に負担をかけ、気の生成を阻害するため、腹八分目を心がけることも大切です。

心のあり方も「気の巡り」に影響する

ここまで身体的な側面に焦点を当ててきましたが、心のあり方も「気の巡り」に大きく影響します。不安や心配事を抱え込みすぎると、それがそのまま気の滞りとなって現れてしまうのです。

例えば、完璧主義な性格の方や、物事を一人で抱え込みがちな方は、特に気の滞りを起こしやすい傾向にあります。これは、常に緊張状態にあることで、体がリラックスできず、気の流れが停滞してしまうためです。少し肩の力を抜いて、物事を「まあ、いっか」と受け流すくらいの気持ちを持つことも、気の巡りを良くするためには非常に重要です。

また、感謝の気持ちや喜びの感情は、気の巡りを非常に良くします。意識的にポジティブな感情を持つように心がけることで、体内の気も活発に動き始めます。これは、脳科学的にも証明されていることで、ポジティブな思考が自律神経に良い影響を与えることが分かっています。小さなことでも感謝できることを見つけたり、好きなことをする時間を設けたりするのも良いでしょう。

思わず笑った。そう、私も若い頃は、何でも完璧にこなそうとして、いつも肩に力が入っていた時期がありました。その頃は、些細なことでも不安になりやすく、よく胃の調子を崩していましたね。でも、ある時、気功の先生に「もう少し適当でいいんだよ」と言われて、ハッとしたんです。それ以来、少しずつ肩の荷を下ろす練習をしたら、心も体も軽くなっていきました。

不安症と向き合うということ

不安症は、決して特別なことではありません。多くの人が何らかの形で不安を抱えながら生きています。大切なのは、その不安から目を背けるのではなく、きちんと向き合い、心と体の声に耳を傾けることです。そして、「気の巡り」という視点からご自身の状態を理解し、適切なケアを施すことで、不安は軽減され、より健やかな日々を送ることができるようになります。

東洋医学や気功は、症状だけを診るのではなく、その人が持つ全体としてのバランスを重視します。不安という心の状態が、どのように身体の「気の巡り」に影響しているのか、そしてその滞りをどう解消していくのか。このつながりを理解することが、根本的な改善への第一歩となるでしょう。

さて、ここまで不安症と「気の巡り」についてお話ししてきましたが、ご自身の「気の巡り」の状態を把握し、改善していくために、今日から何か一つでも始めてみたいことは見つかりましたか？