「眠れない夜は“胃”の声を聞いて｜不眠と逆流性食道炎の意外な関係と東洋医学の改善法」
長年、多くの方々の心身の不調と向き合ってきましたが、その中でも特に根深く、患者さんを苦しめているのが「不眠」です。そして、近年、その不眠と密接な関係にあると感じるのが、「逆流性食道炎」なんです。
「え？ 逆流性食道炎と不眠って関係あるの？」
そう思われる方もいらっしゃるかもしれませんね。現代医学では、それぞれの症状として扱われることが多いですが、東洋医学の視点から見ると、これら二つの症状は、実は同じ根っこから生じていることが多々あります。今日は、そんな不眠と逆流性食道炎の不思議な繋がりを、東洋医学、そして私が長年実践してきた気功の視点から紐解いていきたいと思います。皆さまの深い眠り、そして健やかな日々を取り戻すための一助となれば幸いです。
不眠の東洋医学的な深層：心神の乱れ
まず、不眠について、東洋医学の基本的な考え方からお話ししましょう。不眠は、単に「眠れない」という現象にとどまらず、私たちの心と体のバランスが崩れているサインだと捉えます。東洋医学では、精神活動を司る機能を「心神（しんしん）」と呼び、この心神が安らかでない状態を不眠と診断します。
心神が安らかでないとは、具体的にどういうことか。それは、心神の住処である「血（けつ）」や「陰（いん）」が不足したり、あるいは「気（き）」の巡りが滞ったり、あるいは逆流したりすることで、魂の居場所が不安定になることなんです。例えるなら、電球の明かりが不安定になったり、配線がショートしたりするようなもの、とでも言いましょうか。
不眠のタイプは、その乱れ方によっていくつかのパターンに分類できます。
- 心脾両虚（しんぴりょうきょ）タイプ： 過度な思考や精神的ストレス、過労が続くと、消化吸収を司る「脾（ひ）」の働きが低下し、血液を作る力が弱まります。その結果、心神を養う「血」が不足し、不眠となります。食欲不振、倦怠感、顔色が悪いなどの症状を伴うことが多いですね。日中に活動するエネルギーが枯渇し、夜になっても心が落ち着かない状態です。
- 肝鬱化火（かんうつかか）タイプ： ストレス、怒り、イライラといった感情が長く続くと、「肝（かん）」の気の巡りが滞り、それが熱に変化して心神を乱します。寝つきが悪く、夢が多く、口が苦く感じるなどの症状が出やすいです。まるで心が燃え上がっているような、熱くて落ち着かない状態です。
- 心腎不交（しんじんふこう）タイプ： 加齢、慢性的な疲労、過度の性生活などで「腎（じん）」の「陰」が消耗すると、心神を落ち着かせる「陰」が不足し、相対的に「陽（よう）」が強くなりすぎて不眠となります。寝汗、めまい、耳鳴りを伴うこともあります。体の中の潤いが減って、火が勝手に燃え上がるイメージですね。
- 痰熱内擾（たんねつないじょう）タイプ： これは、特に食べ過ぎや飲み過ぎ、あるいは精神的なストレスなどが原因で、体の中に「痰（たん）」というドロドロした邪気と「熱」がこもり、それが心神を乱すタイプです。胸のつかえ感、吐き気、頭が重いなどの症状を伴うことがあります。後述する逆流性食道炎との関連が深いタイプでもあります。
これらのタイプは単独で現れることもあれば、いくつかが複雑に絡み合って不眠を引き起こしていることも珍しくありません。一人ひとりの状態を丁寧に診て、どのタイプに当てはまるのか、その根本原因を探っていくのが、東洋医学の診断の醍醐味です。まるで、絡み合った複雑なパズルのピースを一つずつはめ込んでいくような感覚ですね。
逆流性食道炎の東洋医学的な捉え方
次に、逆流性食道炎について、東洋医学の視点から掘り下げていきましょう。現代医学では、胃酸の逆流によって食道が炎症を起こす状態とされていますが、東洋医学ではこれを「胃気上逆（いきじょうぎゃく）」と捉えます。
通常、胃の気は下向きにスムーズに流れることで、食べ物を消化し、大腸へと送ります。しかし、何らかの原因でこの気の流れが逆向きになり、上に突き上げることで、胃酸の逆流や胸焼け、ゲップ、呑酸（どんさん：酸っぱいものが上がってくる感覚）といった症状が現れます。
では、なぜ「胃気上逆」が起こるのでしょうか？ 東洋医学では、主に以下の臓腑の不調が関係していると考えます。
- 肝（かん）の滞り： ストレスや精神的な緊張は、五臓六腑の気の巡りを司る「肝」の働きを滞らせます。肝の気が鬱滞すると、それが胃の気の流れにも影響を与え、上逆を引き起こしやすくなります。まるで、交通渋滞で車の流れが滞り、逆走する車が出てくるようなイメージです。イライラしやすい方、ストレスを溜め込みやすい方に多く見られます。
- 脾胃（ひい）の機能低下： 暴飲暴食、不規則な食事、冷たいものの摂りすぎなどで、消化吸収を司る「脾胃」の機能が低下すると、飲食物を適切に処理できなくなります。これにより、胃の中に余分な湿気や熱がこもり、「痰湿（たんしつ）」や「湿熱（しつねつ）」といった邪気が生じやすくなります。これらの邪気が胃の気の正常な流れを妨げ、上逆を引き起こすことがあります。
- 胃熱（いねつ）： 辛いものや脂っこいものの食べ過ぎ、あるいは過度の飲酒などが原因で、胃に熱がこもる状態です。胃の熱が強すぎると、胃の気が上に突き上げられやすくなり、胸焼けや口の渇き、口臭などの症状を伴います。
- 腎（じん）の虚弱： 「腎」は、全身の根源的なエネルギーを貯蔵する場所であり、消化吸収を助ける陽気も供給しています。腎の機能が低下すると、胃の消化吸収能力も弱まり、胃の気が上に逆流しやすくなることがあります。特に、高齢者や慢性的な疾患を抱える方に多く見られます。
不眠と逆流性食道炎の密接な関連性
さて、ここからが本題です。なぜ、不眠と逆流性食道炎が密接に関連しているのでしょうか。
私の20年の臨床経験から言えるのは、この二つの症状が、同じ根本原因、特に「ストレスによる肝の気の滞り」や「飲食不摂生による痰熱内擾」から生じているケースが非常に多いということです。
考えてみてください。
夜、横になると胃酸が逆流してきて、胸焼けや喉の不快感で目が覚める。あるいは、その不快感でなかなか寝付けない。これだけでも、不眠の原因として十分ですよね。現代医学でも、逆流性食道炎の症状が睡眠の質を低下させることはよく知られています。
しかし、東洋医学ではさらに深く掘り下げます。
- 肝鬱（かんうつ）からくる連鎖：
- ストレスを抱え込み、イライラしたり、憂鬱になったりすると、「肝」の気が滞ります。
- 肝の気が滞ると、胃の気の流れも影響を受け、胃が過敏になったり、胃酸の分泌が過剰になったりして「胃気上逆」、つまり逆流性食道炎の症状が出やすくなります。
- 同時に、肝の気の滞りは「肝鬱化火」を引き起こし、心の熱となって心神を乱します。これにより、寝つきが悪くなったり、夜中に目が覚めたりする不眠の症状が現れるのです。
- つまり、ストレス → 肝の気の滞り → 逆流性食道炎 ＋ 不眠、という連鎖が起こるわけです。私の患者さんでも、仕事のプレッシャーが原因で、不眠と胸焼けに同時に悩まされるようになった方が何人もいらっしゃいます。
- 痰熱（たんねつ）からくる連鎖：
- 不規則な食生活、暴飲暴食、特に寝る前の食事などが続くと、胃腸に負担がかかり、消化しきれないものが「痰」や「熱」といった邪気へと変化します。
- この「痰熱」が胃にこもると、胃の気の流れを阻害し、「胃気上逆」を引き起こし、逆流性食道炎の症状を悪化させます。
- さらに、この「痰熱」が上に昇り、心神を乱すと、寝苦しさ、胸苦しさ、夢が多くなる、寝汗をかくといった「痰熱内擾」タイプの不眠につながります。
- 特に夜間に症状が悪化しやすいのは、横になることで胃酸が逆流しやすくなるだけでなく、夜は「陰」の時間であり、日中に蓄積された「熱」が発散されにくくなるため、心神をより強く刺激するからだと考えられます。
- 以前、ある患者さんが「夜中にゲップが出そうになって目が覚めるんです。それから、胸が苦しくてなかなか眠れない」とおっしゃっていました。問診すると、いつも夕食は就寝直前にラーメンや揚げ物をたくさん食べるとのこと。これはまさに痰熱内擾による不眠と逆流性食道炎の典型的な症例でしたね。思わず「あちゃー」と心の中でつぶやいてしまいました。
このように、不眠と逆流性食道炎は、単なる偶然の合併症ではなく、東洋医学的には根源で繋がっていることが多いのです。どちらか一方だけを治療しても、もう一方が改善しにくいのは、このためだと考えられます。
気功が導く、心身の調和と深い眠り
私が長年、多くの患者さんに指導し、その効果を実感してきたのが「気功」です。気功は、呼吸、姿勢、そして意識を合わせることで、私たちの中に流れる「気」を整え、心身のバランスを取り戻す養生法です。薬のように即効性があるわけではありませんが、継続することで、根本的な体質改善へと導いてくれます。手技は一切使いませんが、その効果は多くの患者さんが証明しています。
不眠と逆流性食道炎の両方に悩む方にとって、気功はまさに救世主となり得るでしょう。
- 気の巡りを整える：
- 逆流性食道炎も不眠も、多くの場合「気の滞り」や「気の逆流」が関わっています。気功のゆったりとした動きや呼吸法は、全身の気の巡りをスムーズにし、特に「肝」の気の滞りを解消するのに役立ちます。これにより、ストレスによる胃の不調が緩和され、胃の気の流れも正常に戻りやすくなります。
- 例えば、両腕を大きく広げ、ゆっくりと降ろしていくような動作は、滞った気を下ろし、広げる効果があります。これは、心身の緊張を解き放つような感覚です。
- 自律神経のバランスを調整する：
- ストレス社会に生きる私たちは、とかく交感神経が優位になりがちです。これにより、体が常に緊張状態にあり、胃酸の分泌が過剰になったり、睡眠の質が低下したりします。
- 気功の深い腹式呼吸や、ゆったりとした動作は、副交感神経を優位に導き、心身を深いリラックス状態へと誘います。これにより、胃腸の働きが整い、胃酸の逆流が軽減され、同時に寝つきも改善されやすくなります。
- 心神を安定させる：
- 気功は、意識を呼吸や体の動きに集中させることで、雑念を払い、心を落ち着かせる効果があります。これにより、不安や心配事が頭から離れず眠れない方、あるいは逆流性食道炎の症状への不安から不眠になっている方にとって、心神を安定させる大きな助けとなります。
- 特に夜寝る前に行う気功は、穏やかな眠りへと誘う強力なルーティンとなるでしょう。
- 体質の根本改善：
- 継続的な気功の実践は、その方の体質そのものを良い方向へと導きます。「痰熱」がたまりやすい体質であれば、消化吸収が改善され、余分なものが蓄積されにくくなります。「肝鬱」体質であれば、気の巡りが良くなり、ストレスへの抵抗力が高まります。
- これは、まるで畑を耕し、良い土壌を作るようなものです。良い土壌ができれば、自然と良い作物が育つように、体質が改善すれば、不眠も逆流性食道炎も再発しにくい体になるのです。
日常でできる養生と気功のヒント
不眠と逆流性食道炎、両方の症状を和らげるために、日常生活でできる養生と、手軽にできる気功のヒントをお伝えします。
食養生で胃腸を労わる
食事は、私たちの体を作り、気を生み出す源です。特に胃腸に優しい食事を心がけることが重要です。
- 消化に良いものを中心に： 温かく、柔らかいものを中心に食べましょう。おかゆ、うどん、煮物などがおすすめです。
- 少量ずつ、よく噛んで： 一度にたくさん食べるのではなく、少量ずつ、ゆっくりと時間をかけて、よく噛んで食べましょう。食べ過ぎは胃に大きな負担をかけます。
- 胃熱を避ける： 辛いもの、脂っこいもの、揚げ物、チョコレート、コーヒー、アルコール、炭酸飲料は、胃酸の分泌を促進し、胃に熱を生みやすいため、控えめにしましょう。特に寝る前のカフェイン入り飲料は、日中に12杯飲んでいたとしても、夜は絶対に避けてください。
- 体を冷やさない： 冷たい飲食物は胃腸の働きを弱めます。温かいお茶やスープなどを積極的に摂りましょう。
- 寝る前の食事は避ける： 就寝の2～3時間前までには食事を済ませるのが理想です。食後すぐに横になると、胃酸が逆流しやすくなります。
心身のリラックスを促す習慣
- ストレス管理： ストレスは不眠と逆流性食道炎の大きな引き金となります。趣味の時間を持つ、好きな音楽を聴く、軽い運動をするなど、自分なりのストレス解消法を見つけましょう。
- 寝室の環境整備： 静かで、暗く、適度な温度の寝室を作りましょう。寝具も快適なものを選び、質の良い睡眠をサポートします。
- 規則正しい生活： 毎日同じ時間に寝て、同じ時間に起きるリズムは、体内時計を整え、胃腸の働きも安定させます。
気功で気を巡らせる
ここでは、ご自宅で簡単にできる気功のヒントをいくつかご紹介します。難しい型を覚える必要はありません。大切なのは、呼吸と意識を集中させることです。
- 「吐納法（とんほう）」：
- 椅子に座るか、楽な姿勢で立ちます。背筋を軽く伸ばし、肩の力を抜きます。
- 鼻からゆっくりと息を吸い込み、お腹を軽く膨らませます。
- 口をすぼめ、「フーッ」と細く長く息を吐き出します。息を吐き出す時に、体の中の不要なもの、ストレス、不安、胃の不快感などが全部出ていくイメージで行います。
- これを5～10回程度繰り返します。特に寝る前に行うと、リラックス効果が高まります。
- 「揉腹（じゅうふく）法」：
- 仰向けに寝て、膝を軽く立てます。
- 両手のひらを重ねておへそに置き、ゆっくりと時計回りに円を描くように優しくお腹をマッサージします。
- 呼吸は自然に任せ、お腹の温かさや、手のひらから伝わる「気」を感じるように意識します。
- 5分～10分程度行います。これは、胃腸の気の流れを整え、消化吸収を助ける効果が期待できます。
- 「抱球式（ほうきゅうしき）」の簡易版：
- 軽く膝を緩めて立ちます。両腕を胸の前で軽く曲げ、まるで大きなボールを抱えているような形を作ります。
- 肩の力を抜き、腕の間に空間があるのを意識します。
- 呼吸は自然に任せ、体の中心に意識を集中します。
- 数分間、この姿勢を保つだけでも、気の巡りが良くなり、心身が安定するのを感じられるでしょう。特に、ストレスでイライラしたり、胃がムカムカする時に試してみてください。
不眠も逆流性食道炎も、単なる症状として捉えるのではなく、心身全体のバランスの乱れとして捉えることが、根本的な改善への第一歩です。東洋医学の知恵と気功の実践を通して、ご自身の内なる力を引き出し、本来の健やかさを取り戻すことができると信じています。
私もこの20年、多くの患者さんが、ご自身の体と心の声に耳を傾け、地道な努力を続けることで、薬に頼らずとも深い眠りと快適な日常を取り戻していく姿を目の当たりにしてきました。
あなたも、ご自身の心と体に寄り添い、真の健康への扉を開いてみませんか？