肩こり腰痛の原因がわからないのは、経験不足のせいじゃない
ベッドに横になった四十代の女性が、腰の重さを訴えています。
デスクワークが長い方でした。マッサージに行くと楽になるけれど、二日でまた戻る。それを何年も続けてきたそうです。問診票を見ると、手足の先が冷えている。朝食はいつもパン。入浴はシャワーだけで済ませている。
手を当てる前に、いくつもの可能性が頭の中を通り過ぎます。姿勢なのか、冷えなのか、食事なのか、それとも別の何かなのか。
こういう瞬間に手が止まるのは、腕が足りないからではありません。むしろ、原因の候補が多すぎる症状ほど、手は止まりやすいのです。
その手の迷いは、経験不足のせいじゃない
先に結論を言います。肩こり腰痛で手が止まるのは、経験が浅いからではなく、候補が多すぎるからです。
内臓の不調やアトピー、自律神経の症状には手を出しにくい、という先生は多くいます。理由を聞くと、たいてい「経験がないから」と答えます。私もそう思っていた時期がありました。
でも実際に現場で長くやってみると、違う実感が出てきます。未経験の症状より、肩こり腰痛のほうがよほど見立てが難しいのです。
肩こり腰痛の原因は、実は候補がいちばん多い
肩こり腰痛が難しいのは、原因の幅が広すぎるからです。
ストレスでも腰痛になります。食べ物でも腰痛になります。姿勢、冷え、睡眠、内臓の疲れ、どれもが腰や肩に出てきます。数の多い主訴だからこそ、来る一人ひとりの背景がまったく違います。
内科的な症状や自律神経の症状は、逆に候補が絞られていることが多いです。パターンさえ知っていれば、当てはめる場所は少ない。だから「怖い」という感覚は、実は「難しい」という感覚とは別物です。
怖さは、やったことがないことへの反応です。難しさは、候補の多さへの反応です。混ざって見えるので、混ざったまま処理しようとすると、いつまでも足が動きません。
未経験の症状より、候補が多すぎる症状のほうが怖くありませんか
ここで一度、立ち止まって考えてみてください。
内臓系や自律神経系に踏み出せない先生の多くは、「難しいからやらない」と言います。ですが実際にやってみると、パターンは思っているより少なく、場数で覚えられます。
一方で、肩こり腰痛は毎日診ているのに、原因がわかった気がしないまま続けている先生が少なくありません。慣れているはずの症状のほうが、実は答えの出し方を決めていない。ここに気づけるかどうかで、見立ての伸び方が変わります。
未経験の症状を怖がる前に、いちばん数の多い症状の見立てを一度整理したほうが、遠回りにならずに済みます。
以前、見立て塾に来られたある先生から、内科的な症状にもアトピーにも自律神経の症状にも手を出したことがなく、これから先が不安だという相談を受けました。開業して何年も経つ先生でした。正直に「経験がないんです」と話してくれました。
私はその先生に、こう伝えました。みんな最初は怖い、でもやったら覚える。パターンは肩こりと同じです。どちらかと言えば、肩こりや腰痛のほうが難しい。原因がわからないくらい候補がありすぎるからです。ストレスで腰痛になる人もいれば、食べ物で腰痛になる人もいる。いくらでも起きます。
経験がないことを弱点だと思っていた先生の顔が、少し変わりました。怖さと難しさを分けて考えられると、進む方向が見えてきます。
迷いの正体は技術ではなく、聞く順番が決まっていない
原因の候補が多い症状で迷うのは、技術が足りないからではありません。聞く順番が決まっていないからです。
手技を増やしても、この迷いは消えません。増やすほど、むしろ選ぶ場面が増えて迷いが深くなります。持っている手技をいつ出すか、どの順番で問診を組み立てるか、そこが決まっていないことが本当のつまずきです。
順番であれば、あとから身につけられます。生まれつきの才能ではなく、練習で組める形だからです。
見立ての順番については、以前の記事に詳しく書きました。あわせて読んでいただけると、今日の話がつながります。見立ての順番についての記事はこちら
この腰痛の方に、実際どう順番をつけたのか
先ほどの女性の話に戻ります。
問診で拾えた材料は、手足の冷え、朝食がいつもパン、入浴がシャワーだけ、マッサージで一時的に楽になってすぐ戻る、という四つでした。ここで全部を同時に追いかけようとすると、手が止まります。
私が最初に見たのは、体の冷えでした。シャワーだけでは体は温まりません。冷えている体は、腰回りの筋肉も硬くなりやすい。そこに、朝食がパンという材料を重ねます。時間がなくてパンになっているとすれば、食べるものに意識を向けられる余裕そのものがない生活だと読めます。
ここまで来ると、腰そのものより先に、腸が疲れているのではないかという仮説が立ちます。腸が疲れると腰回りが硬くなる、というつながりです。施術で一時的に温めてゆるめても、生活が変わらなければ二日で戻る。二日で戻るということは、二日の中に戻す何かが毎日あるということです。
原因の場所ではなく、原因の順番を決める。それができると、同じ材料でも見え方が変わります。
このとき、腰そのものを何度も触り直す必要はありません。腰は結果として硬くなっている場所であって、大もとではないからです。まず体を温める方向のセルフケアを提案し、朝食に消化の良いものを一品足せないか一緒に考える。施術の時間よりも、次の来院までの二日間に何を変えられるかのほうが、戻る速さに直結します。
二回目に会ったとき、私が必ず聞くのは「前回お伝えしたことは、どんな感じでしていただけましたか」という一言です。ここで初めて、見立てが外れていたのか、伝えたことが実行されなかっただけなのかが分かれます。順番を決めておかないと、この切り分けすらできません。
外れたかどうかより、どこで外れたかが分かればいい
見立てが外れることは、当然あります。外れること自体は問題ではありません。
問題は、外れたときにどこで外れたのかがわからないまま、次の手技を探しに行ってしまうことです。手技を増やす方向に答えを探すと、迷いはさらに複雑になります。
外したときに戻る場所を決めておくと違います。今日の例で言えば、冷え、食事、入浴、生活のどこかに戻って、もう一度順番を当て直せばいい。順番が決まっていれば、外れても迷子にはなりません。決まっていないと、外れるたびに一から探すことになります。
見立ての精度を上げるのは、当たる回数を増やすことより、外れたときに戻る場所を持つことです。
危険なサインが混ざっていたら、迷わず受診をすすめてください
肩こり腰痛の中には、施術の範囲を超えるものが混ざっていることがあります。
急に力が入らなくなった、片側だけしびれが強くなった、これまでにない激しい痛みが急に出た、原因のわからない急な体重の減少がある。こうしたサインが一つでもあれば、施術を優先せず、医療機関の受診をすすめてください。
見立ての順番を鍛えることと、危険なサインを見送らないことは、まったく別の話です。原因の候補を絞る練習をするほど、逆に「これは自分の範囲ではない」というサインにも気づきやすくなります。順番を持っている人ほど、範囲の外にあるものにも敏感になれるからです。範囲の内と外を分ける力も、見立ての一部だと考えてください。
まず整理する3つのことから始めてください
長く書きましたが、今日から始められることは三つです。
原因の候補を、体の冷え、食事、生活の負担の三つに分けて聞く。全部を同時に追いかけない。外れたときに戻る場所を、あらかじめ自分の中に決めておく。
この三つだけでも、次に肩こり腰痛の方が来たときの手の止まり方が変わります。
よくある質問
肩こり腰痛は本当に自律神経系より難しいのですか?
はい。候補の多さで見ると、肩こり腰痛のほうが難しい症状です。自律神経系はパターンが限られている分、覚えれば当てはめやすいのに対し、肩こり腰痛はストレスから食事から冷えまで、原因の幅が広いためです。
原因の候補が多いとき、最初に何を聞けばいいですか?
体の冷え、食事の内容、睡眠と生活の負担、この三つから聞くと整理しやすくなります。すべてを一度に追いかけず、まず一つの軸で仮説を立ててから、次の材料を重ねる順番にしてください。
問診で聞くことが多すぎて時間が足りないときはどうすればいいですか?
聞く項目を減らすより、聞く順番を決めるほうが早道です。冷え、食事、生活の負担という優先順位を先に決めておけば、限られた時間の中でも大もとの仮説にたどり着きやすくなります。
見立てを外したとき、患者さんにどう伝えればいいですか?
外れたことを隠さず、次にどこを確認するかを伝えてください。二回目の来院時に「前回お伝えしたことは、どんな感じでしていただけましたか」と聞くと、実行されなかったのか、見立てがずれていたのかを分けられます。
経験が少ない症状を診るのが怖いとき、どう乗り越えればいいですか?
怖さは、やったことがないことへの反応です。難しさとは別物だと分けて考えてください。パターンを知って、場数を重ねれば、怖さは自然に減っていきます。
生活習慣の話をすると患者さんが嫌がりませんか?
正論だけを押しつけると、生活は動きません。冷え、食事、睡眠の話は、まず結果として出ている体の状態を見せながら伝えると受け取りやすくなります。何を減らすか、何をやめるかまで具体的に渡すことが大切です。
何を聞いても手応えがない患者さんにはどう向き合えばいいですか?
その日に答えが出なくても、聞いた材料は次の手がかりになります。手応えがないときほど、順番を疑うより、聞き方の軸を変えてみてください。同じ質問でも、聞く順番を変えると違う答えが返ってくることがあります。
見立ての順番はどこで学べますか?
以前の記事で見立ての順番について詳しく書いています。あわせて読んでいただけると、今回の話がつながりやすくなります。
危険なサインが混ざっているかどうか、どう見分ければいいですか?
急な力の入らなさ、片側だけの強いしびれ、これまでにない激しい痛み、原因不明の急な体重の減少、このいずれかがあれば施術より先に受診をすすめてください。判断に迷うときは、迷わず医療機関につないでください。
私は福岡市早良区で常若整骨院を営みながら、25,000人の患者さんへ、のべ11万回の施術をしてきました。その中で感じてきたのは、技術の量より、見立ての順番のほうがずっと差になるということです。
現場で使っている資料をまとめて渡しています。症状別の見立て辞典、患者さんへの説明の設計図、内臓疲労と体質のチェック表、口コミのお願い文など、全部で十七本です。整体師さんや鍼灸師さんだけが集まっているオープンチャットもあります。興味のある方は、下記からご覧ください。
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この記事は、整体師さん・鍼灸師さん・柔道整復師さんなど、施術に関わる方に向けて書いています。体の症状で困っている方は、まず医療機関に相談してください。









