感じられないのは、鈍いからではありません|スピリチュアルな感覚が戻る順番を東洋医学から読む

結論からお伝えします。スピリチュアルな感覚がよく分からないという方の多くは、感じる力が弱いのではなく、体が感度を落として自分を守っている状態にあります。ですから、感覚を上げようとする前に、生活と体調を整えるほうが先です。順番が逆になっていると、いくら感覚を磨こうとしても届きません。

福岡市早良区で整体を行っている常若整骨院です。院長の冨高です。二十年、延べ二万五千人の方の体に触れてきました。その中で、感覚が鋭い方も、まったく分からないとおっしゃる方も、たくさん診てきました。そして分かったのは、感じられない状態には理由があるということです。

この記事では、なぜ感覚が鈍くなるのか、それは体にとってどういう意味があるのか、そして戻していくにはどういう順番があるのかを、東洋医学の見方と現場で見てきたことからお話しします。

なぜスピリチュアルな感覚が分からないのでしょうか

結論として、生活や体調が整っていないときは、感覚そのものが麻痺していることが多いからです。

スピリチュアルに関心を持たれた方から、こういうご相談をよくいただきます。瞑想をしてみたけれど何も感じない。パワースポットに行っても分からない。誰かのエネルギーを感じるという話を聞いても、自分にはさっぱり分からない。自分は感度が低いのだろうか、と。

そういうときにお聞きするのは、感覚の話ではありません。睡眠は取れていますか。食事はどうですか。最近、心から笑ったのはいつですか。そちらのほうです。

体がしんどい状態のとき、感覚を細やかに受け取る余裕は残っていません。受け取る側の器が、日々の消耗で埋まってしまっているからです。

これは能力の問題ではなく、状態の問題です。同じ方でも、体調が整っているときと、消耗しきっているときとでは、感じ取れるものがまったく変わります。

感じられないのは、鈍いからではないのですか

結論として、鈍いのではなく、感じないようにしている状態です。

ここが、いちばんお伝えしたいところです。

人の体には、しんどさを全部そのまま受け取っていたら生きていけない、という事情があります。だから体は、必要に応じて感覚の音量を下げます。防衛本能です。

たとえば、痛みが百あるとします。それを百のまま感じ続けたら、日常生活が成り立ちません。仕事にも行けませんし、家事もできない。だから体は、五十しか感じないように調整します。

これは体が壊れているのではなく、体が働いている証拠です。

同じことが、体の感覚だけでなく、心の感覚にも、もっと繊細な感覚にも起きています。しんどい環境に長くいる方ほど、感じる力を絞っています。絞っていなければ、そこにいられなかったからです。

ですから、感じられないという状態は、その方がこれまで何かに耐えてこられた証でもあります。

体は何のために感覚を鈍らせるのですか

結論として、その状況を生き延びるためです。

感覚を鈍らせることには、はっきりとした目的があります。

一つ目は、痛みや不快感から自分を守るためです。慢性的な痛みを抱えている方が、いつの間にかその痛みに慣れていくのは、体が痛みの信号を弱めているからです。

二つ目は、環境に適応するためです。緊張の続く職場、気の休まらない家庭。そういう場所に毎日いると、体は感じることをやめていきます。全部感じていたら、そこに通えなくなるからです。

三つ目は、自分の中の何かに触れないためです。見たくないもの、認めたくないもの、決めなければいけないのに決めていないこと。そこに触れないように、感覚全体を薄くしていることがあります。

どれも、体が意地悪をしているわけではありません。その方をその場に立たせ続けるために、体が選んだ方法です。

百ある痛みを五十しか感じない、とはどういうことですか

結論として、信号は出ているのに、受け取る側で音量を絞っているということです。

体の中では、痛みや違和感の信号がきちんと出ています。ただ、それを受け取って自覚に上げるところで、量が調整されています。

この状態には、良い面と困る面があります。

良い面は、日常が回ることです。多少しんどくても動けます。仕事もできますし、人にも会えます。

困る面は、体が出しているサインに気づけなくなることです。本当は休むべき状態なのに、まだ大丈夫だと思って動き続けてしまう。そして、ある日突然、動けなくなります。

現場でよく見るのは、この突然の崩れです。ご本人は前ぶれがなかったとおっしゃいます。でも体はずっと信号を出していました。受け取る側の音量が絞られていたので、届かなかっただけです。

ですから、感覚が戻ってくる過程で、一時的にしんどさを強く感じることがあります。これは悪くなったのではなく、今まで絞っていた音量が戻ってきたということです。

感度が高いのに体調が悪い人は、なぜ大変な崩し方をするのですか

結論として、受け取る量と、それを処理できる体力の釣り合いが取れなくなるからです。

これは、順序を間違えたときにいちばん起きやすいことです。

感覚を上げることに一生懸命になって、生活のほうがそのままになっている方がおられます。食生活が乱れている。睡眠が足りていない。人間関係で消耗している。それなのに、受け取る感度だけが高い。

そうなると、入ってくるものに対して、それを受け止めて流す力が足りません。人混みに行っただけでぐったりする。人と会うと数日戻らない。場所によって具合が悪くなる。

こういう方は少なくありません。そして本人は、感じすぎる自分が悪いのだと思っておられることが多いです。

でも実際は、感じすぎているのではなく、受け止める側が細っているのです。

体を器にたとえるなら、器が小さいまま水だけをたくさん注いでいる状態です。あふれるのは当たり前で、器そのものを厚くしていく必要があります。

だから、感覚が分からないことは悪いことではないのですか

結論として、悪いことではありません。むしろ、いま守られている状態です。

もし生活が整っていない状態で、感覚だけが全開になったらどうなるか。入ってくるものを処理できずに、もっと大きく崩れます。

体は、そこまで見て調整しています。今のあなたには、この量が限界です、と。

ですから、分からないという状態を、焦って壊しにいく必要はありません。分からないのは、体がまだそのタイミングではないと判断しているということです。

私は、この順番を守っていない方を何人も見てきました。感覚を無理に開こうとして、かえって体調を崩される。そして、自分は向いていないと落ち込まれる。

向いていないのではありません。順番が逆だっただけです。

東洋医学では、感じる力をどう考えますか

結論として、感じる力は五臓それぞれに宿っていて、五臓が消耗すると感じ方が変わると考えます。

東洋医学では、心の働きを五つの臓に分けて考えます。それぞれが違う種類の感じる力を持っています。

心は神を蔵すといいます。ここでいう神とは、意識や自覚のことです。心が消耗すると、自分がどう感じているかが分からなくなります。眠りが浅くなり、動悸が出やすくなる方も、この心が疲れていることが多いです。

腎は志を蔵します。志とは、やりたいという気持ちや意欲のことです。腎が減ると、何をしても心が動かなくなります。感動しない、楽しめない、という状態です。生命力の根なので、ここが細ると全体が薄くなります。

肝は魂を蔵します。ここでいう魂は、のびやかに広がっていく力です。肝が張ると、感じ方が硬くなります。イライラが増えて、細やかなものを受け取れなくなります。

肺は魄を蔵します。魄は、体に根ざした本能的な感覚です。肺は外との境界を守る働きも持っています。肺が弱ると、境界があいまいになって、人の感情を自分のものとして受け取ってしまいます。

脾は意を蔵します。意とは、考えることです。脾が疲れると、思考がぐるぐる回り続けて、感覚のほうに注意が向かなくなります。

つまり、感じる力は一つではありません。どの臓が消耗しているかで、どの感じ方が落ちるかが変わります。

自分がどの状態にいるか、どうすれば分かりますか

結論として、体調と、ストレスを自覚できているかどうかの組み合わせで分かります。

当院では、ストレスの段階を六つに分けた紙をお渡ししています。

一つ目は、生活の見直しが行き届いていて、何かあっても対処できる自信がある状態です。基本的に健康で機嫌よく過ごせています。

二つ目は、ストレスはあるけれど、その元になっているものの整理に取り組んでいる状態です。疲れても回復しやすい。

三つ目は、ストレスはあるけれど、趣味や休むことで発散している状態です。体調は良かったり悪かったりします。

四つ目は、お酒やタバコ、食べ物やスマートフォンで発散している状態です。体調は良くありません。

五つ目は、ストレスがあって体調も悪く、自覚はあるけれど対処できていない状態です。

六つ目は、ストレスはないと思っているのに体調が悪い状態です。ストレスを自覚できず、感覚を麻痺させています。

ここで難しいのは、一つ目と六つ目が、同じ言葉を言うことです。どちらも、ストレスはないです、と答えます。

言葉が同じで、中身は正反対です。見分ける手がかりは一つだけあります。体調です。

ストレスがなくて体も元気なら一つ目。ストレスはないと思っているのに体が重いなら六つ目です。

そして六つ目の方は、自分を一つ目だと思っておられることが多いです。だからご自身では気づけません。

感覚が分からないという方の多くは、この六つ目にいます。

感覚が戻ってくる順番はありますか

結論として、体の感覚が先で、細やかな感覚は後です。

順番があります。飛ばすことはできません。

はじめに戻るのは、体の感覚です。疲れている、お腹が空いている、寒い、眠い。こういう当たり前のものです。これが分かるようになると、次の段階に進みます。

次に戻るのは、気持ちの感覚です。嬉しい、悲しい、腹が立つ、寂しい。感情がはっきりしてきます。ここで一時的に、涙が出やすくなる方がおられます。それは戻っている途中です。

その次に、人や場所に対する感覚が戻ってきます。この人といると疲れる、この場所は落ち着く、という区別がついてきます。

いちばん最後に、もっと細やかなものが分かるようになります。

ですから、瞑想やエネルギーの感覚が分からないという段階で焦っても、意味がありません。まず、お腹が空いたかどうかが分かるところからです。

生活の何から整えればよいですか

結論として、五つあります。食べ物、人との関わり方、自分の考え方、運動、そして遊びです。

当院でお渡ししている紙には、体調を決める式を書いています。日々蓄積されるダメージから回復力を引いたものが、体調である、という式です。

ですから、やることは二つしかありません。ダメージを減らすことと、回復力を上げることです。

減らすほうから見ていきます。

甘いものや小麦、乳製品の摂りすぎ。夜遅くの食事。冷たい飲み物。スマートフォンやタブレットの使いすぎ。睡眠不足。運動不足。お風呂をシャワーで済ませること。

それから、目に見えないものもあります。心配ごとを頭の中で繰り返すこと。自分を責めること。人と自分を比べること。人の心配をしすぎること。長引く怒り。

増やすほうも見てみます。

海、山、川、公園、神社など、自然の中に出かけること。湯船に浸かること。旬の食材を使った手作りのご飯。よく眠ること。動物や植物に触れること。よく笑うこと。友達と遊ぶこと。

そして、人の機嫌より自分の機嫌をとること。疲れる前に休むこと。

一つ減らして、一つ増やす。それだけで変わりはじめます。全部やろうとしないでください。

減らしやすいダメージと、減らしにくいダメージがあるのですか

結論として、あります。そして減らしやすいものから手をつけるのが順番です。

いちばん減らしやすいのは、生活習慣です。食べ物、スマートフォン、運動、睡眠。これは今日から変えられます。

次が、考え方のクセです。心配性、完璧主義、自己犠牲。ここは時間がかかりますが、変わります。

その次が、外からのストレスです。家族関係、職場、人間関係、騒音。相手のあることなので、自分だけでは決められません。

さらに難しいのが、他人の言動です。あの人がこうしてくれさえすれば、と思うところ。他人は変えられません。変えられるのは、自分の受け取り方だけです。

いちばん減らしにくいのが、社会的なことや自然です。気圧、気温差、季節の変わり目、大気の状態。これは減らせません。

ここで一つ、お伝えしておきたいことがあります。

減らせないダメージのほうに意識が向きやすいのは、自分の責任ではないと思えて、そのほうがラクだからです。天気のせい、あの人のせい、社会のせい。

でも、そこに意識を向けている間は、解決しないままダメージを受け続けます。

減らしやすいところから、こつこつ抜いていくほうが早いです。

実際にどんな経過をたどるのですか

ここでは、当院でよく見られる経過を三つご紹介します。効果には個人差があり、回復を保証するものではありません。

四十代女性、何を食べても味がしないと感じていた方

長く介護をされている方でした。ご本人の主訴は肩こりと頭痛でしたが、お話を伺う中で、最近何を食べてもおいしいと思わない、とおっしゃいました。

触ると、みぞおちが板のように硬く、足首が氷のように冷たい状態でした。呼吸も浅くなっていました。

まず、施術と並行して、夜十時前に横になる日を週に二日だけ作っていただきました。それ以上は無理だとおっしゃったので、二日だけです。

ひと月ほどで、朝の目覚めが変わったとおっしゃいました。その次にいらしたとき、味噌汁がおいしいと感じた、と話されました。

味覚が戻ったのではなく、味覚を受け取る余裕が戻ったのだと思います。効果には個人差があり、回復を保証するものではありません。

五十代女性、人混みに行くと数日戻らなかった方

もともと感じやすい方でした。人の多い場所に行くと、その後数日間、体が重くて動けなくなる。ご本人は、自分は敏感すぎるのだと思っておられました。

体を診ると、背中の上のほうが固まっていて、常に身構えている状態でした。それから、慢性的に眠りが浅い。

この方には、感じないようにする方法ではなく、戻ってくる時間を作ることをお伝えしました。出かけた日は、帰ってから三十分、誰とも話さない時間を作る。それだけです。

三ヶ月ほど続けられて、人混みに行った翌日の重さが減ってきたとおっしゃいました。感じる量は変わっていません。処理できる量が増えたのだと思います。効果には個人差があり、回復を保証するものではありません。

三十代女性、瞑想をしても何も感じないと悩んでいた方

体調を整えたいという目的で来られましたが、話の中で、瞑想を続けているのに何も分からない、という悩みを話してくださいました。

生活を伺うと、朝食は取らず、昼は買ってきたもの、夜は遅い時間に食べる。睡眠は五時間ほど。休みの日は疲れて寝ている。

まず、朝に温かいものを一口だけ飲むことから始めていただきました。それだけです。

半年ほどかけて生活が変わっていく中で、この方はこうおっしゃいました。前より、疲れているのが分かるようになった、と。

以前は疲れているかどうかも分からなかったそうです。分かるようになったことを、この方は良い変化として受け取っておられました。効果には個人差があり、回復を保証するものではありません。

整体でできることと、できないことは何ですか

結論として、整体でできるのは、感じ取る余裕が戻りやすい状態に体を整えることです。感覚そのものを与えることはできません。

整体は医療行為ではありません。診断や投薬は行いませんし、病気そのものに働きかけるものでもありません。体調に不安がある場合は、必ず医療機関を受診してください。

そのうえで、整体でできることをお伝えします。

呼吸が浅くなっている方は、そこがゆるむと、まず息が深くなります。息が深くなると、体の状態が自分で分かりやすくなります。

体が冷えている方は、温まると感覚が戻りやすくなります。冷えているところは、感じる力も落ちているからです。

首から後頭部が固まっている方は、そこがゆるむと、頭の中の忙しさが少し落ち着きます。考えごとで埋まっていた場所に、余白ができます。

ただ、これらは全部、器を整えているだけです。何を感じるかは、その方のものです。

感覚が戻る途中で、しんどくなることはありますか

結論として、あります。そしてそれは、悪くなったのではありません。

今まで五十しか感じないようにしていたものが、六十、七十と戻ってくる過程で、しんどさを強く感じることがあります。

疲れているのが分かるようになった。腹が立っているのが分かるようになった。この人といると疲れる、と分かるようになった。

これは、良くなっていないのではなく、見えるようになったということです。

見えるようになると、対処ができます。疲れているのが分かれば休めます。腹が立っているのが分かれば、なぜかを考えられます。

分からないままだと、対処のしようがありません。

ですから、この時期を焦って飛ばさないでください。ここを通った方が、そのあと安定します。

東洋医学のツボで、参考になる場所はありますか

いくつかお伝えします。ツボは押せば良くなるというものではなく、その方の状態を見る手がかりとして使うものです。

三陰交は、内くるぶしから指四本分ほど上がったところ、骨の際にあります。三つの経絡が交わる場所とされていて、女性の不調全般に使われます。触って冷たい方、押して響く方は、消耗している傾向があります。

太渓は、内くるぶしとアキレス腱の間のくぼみです。腎の状態が出やすい場所とされています。ここが冷たく、力なくへこんでいる方は、生命力が細っていることが多いです。

内関は、手首のしわから指三本分ほど肘寄り、二本の腱の間にあります。胸のあたりの詰まりや、気持ちの落ち着かなさに使われます。

太衝は、足の甲側、親指と人差し指の骨が合流する手前のくぼみです。肝の状態が出るとされ、張っている方は押すと痛みます。

いずれも、強く押す必要はありません。触れて温める程度で十分です。強く刺激すると、かえって体が身構えます。

よくあるご質問

スピリチュアルな感覚は、誰にでもあるものですか

程度の差はありますが、感じる力そのものは誰にでもあります。ただ、その力がどれくらい表に出ているかは、体の状態によって変わります。今は分からないという方も、体が整っていく中で変わっていくことがあります。

感覚が分からないのは、信じていないからでしょうか

信じているかどうかとは、別の話だと考えています。当院に来られる方の中には、強く関心を持っておられるのに何も感じないという方も、まったく興味がないのに敏感な方もおられます。信じる気持ちの強さと、感じる力の強さは、必ずしも一致しません。

感覚を上げるために、何か特別な訓練は必要ですか

訓練より先に、生活を整えることをお勧めしています。睡眠、食事、人との関わり方。そこが整っていない状態で感覚だけを開こうとすると、受け止めきれずに体調を崩される方がおられます。順番としては、生活が先です。

どれくらいの期間で変わってきますか

体の感覚が戻りはじめるまでに、数週間から数ヶ月かかることが多いです。長く消耗されてきた方ほど時間がかかります。ただ、朝の目覚めや食事のおいしさなど、小さな変化はもっと早く出ることがあります。効果には個人差があり、期間を保証するものではありません。

感じすぎて疲れるのですが、感度を下げたほうがいいですか

下げるというより、受け止める側を厚くするほうをお勧めしています。感じる量を減らそうとするより、感じたものを処理して流せる体を作るほうが、結果として過ごしやすくなります。睡眠と、誰にも気を使わない時間を作ることから始めてみてください。

人混みに行くと具合が悪くなるのは、どういう状態ですか

東洋医学では、肺が体の外との境界を守っていると考えます。ここが弱っていると、境界があいまいになり、周りの影響を受けやすくなります。疲れているときほど強く出るのは、そのためです。出かけた日は、帰ってから静かな時間を取ってみてください。

瞑想は、やらないほうがいいのでしょうか

やってはいけないということではありません。ただ、疲れきった状態で長時間座ると、かえってしんどくなる方がおられます。短い時間から始めて、終わったあとに体が軽くなっているかどうかを目安にしてみてください。重くなるようなら、その日は体を休めるほうが合っています。

家族に理解してもらえないのですが、どうすればいいですか

無理に分かってもらう必要はないと考えています。それより、ご自身が元気に過ごしておられる姿を見せるほうが早いことが多いです。周りの方が興味を持たれたときが、話すタイミングです。

神社に行くと、体が軽くなる気がします。これは何ですか

理由をはっきり説明することはできません。ただ、静かな場所で、誰のことも考えない時間を過ごすと、体がゆるむのは確かです。私自身、朝と晩に神社で三十分過ごすことを続けています。行った先というより、そこで何も考えない時間が持てることに意味があると感じています。

逆に、行くと重くなる場所があるのはなぜですか

行く前のご自身の状態で変わることが多いです。整っているときは、同じ場所でも軽く感じます。疲れきって行くと、引っ張られやすくなります。しんどい日は、無理に出かけないほうがいい場合もあります。

感覚が戻ってきたら、何か変わりますか

多くの方がおっしゃるのは、疲れが早く分かるようになった、ということです。前は倒れるまで気づかなかったのが、疲れはじめの時点で分かる。それによって、早めに休めるようになります。結果として、大きく崩れることが減っていきます。

整体を受ければ、感覚は戻りますか

整体でできるのは、感じ取る余裕が戻りやすい体に整えることまでです。感覚そのものをお渡しすることはできません。また、体調に不安がある場合は、まず医療機関を受診してください。整体は医療の代わりではなく、補うものとしてお考えください。

子どもが敏感すぎて心配です。どうすればいいですか

お子さんの場合、まず生活のリズムを整えることをお勧めしています。睡眠、食事、画面を見る時間。そして、ご家庭の中で気を張らずにいられる時間があるかどうかも大切です。お子さんは、周りの状態を体で受け取ります。心配な症状がある場合は、小児科にご相談ください。

季節によって、感じ方は変わりますか

結論として、変わります。東洋医学では、季節ごとに負担のかかる臓が違うと考えるからです。

春は肝の季節です。のびやかに広がろうとする力が強くなる時期で、うまく広がれないと、イライラや目の疲れ、頭の張りとして出ます。この時期は、感じ方が硬くなる方が多いです。

夏は心の季節です。熱がこもりやすく、眠りが浅くなります。心は意識を蔵すとされているので、ここが消耗すると、自分がどう感じているか分からなくなります。

夏の終わりから秋の初めにかけては、脾の季節とされます。湿気で消化の働きが落ちやすく、体が重だるくなります。考えごとが止まらなくなるのも、この時期です。

秋は肺の季節です。乾燥と気温差で、呼吸が浅くなります。肺は悲しみと結びつく臓とされ、理由もなく寂しくなる方が増えます。境界を守る働きが落ちるので、人の感情を受け取りやすくなるのもこの時期です。

冬は腎の季節です。生命力を蓄える時期で、ここで無理をすると、翌年に響きます。寒さで消耗するので、意欲が落ちやすくなります。

ですから、去年は分かったのに今年は分からない、ということも起こります。それは能力が落ちたのではなく、季節と体の状態が違うだけです。

生活を整えると、なぜ感覚が戻ってくるのですか

結論として、体に余裕ができると、体が音量を戻しても大丈夫だと判断するからです。

ここまで、生活を整えることが先だとお伝えしてきました。では、なぜ生活を整えると感覚が戻るのか。その仕組みをもう少しお話しします。

体は、常に優先順位をつけています。生き延びることが最優先で、細やかに感じ取ることは後回しです。

消耗しているとき、体は限られた力を、心臓を動かすこと、呼吸すること、体温を保つことに回します。感じ取ることは、そのときには必要ないと判断されます。

食事が整い、眠れるようになり、気を張らない時間ができると、体に余りが生まれます。その余りが、感じ取ることに回されます。

つまり、感覚は増やすものではなく、余ったぶんが回ってくるものです。

だから、感覚だけを取り出して鍛えることはできません。全体が満ちてくると、自然にそちらに回っていきます。

私が現場で見てきた順番も、これと同じでした。まず眠れるようになり、次に食事がおいしくなり、それから気持ちが動くようになる。そして最後に、細やかなことが分かるようになる。

飛ばした方は、一人もいませんでした。

遊ぶことに、意味はあるのですか

結論として、あります。しかも、思っている以上に大きな意味があります。

生活を整えるというと、多くの方は減らすことを考えます。甘いものを減らす、スマートフォンを減らす、夜更かしをやめる。

もちろんそれも大事です。ただ、減らすだけでは足りません。

当院でお渡ししている紙には、回復力を上げるものとして、こういうものを挙げています。よく笑うこと。友達と遊ぶこと。趣味や楽しみを増やすこと。動物や植物に触れること。

これらは、我慢の反対側にあります。

長く消耗されている方に共通しているのは、楽しみが減っていることです。やらなければならないことで一日が埋まって、やりたいことをする時間がありません。

東洋医学で、楽しみに向かう気持ちは、のびやかに広がる力と結びついています。ここが止まると、気が滞ります。滞ったものは、いずれ形になります。

私が診てきた中に、こういう方がおられました。仕事が忙しく、行きたかった催しに一度も行けない年が続いていた方です。転職をされて、行けるようになり、友達とも会えるようになった。穏やかに過ごしておられるうちに、体の状態が変わってきたとおっしゃいました。

やりたいことをする時間は、贅沢ではありません。回復に必要なものです。

自分を責めることは、なぜ体に響くのですか

結論として、責めている間、体は緊張し続けるからです。

これも当院の紙に書いていることですが、自分のダメさを責めることに、エネルギーを使わないでください。

反省は必要です。ただ、反省と自責は別のものです。

反省は、次にどうするかを決めることです。前を向いています。

自責は、過去の自分を裁き続けることです。後ろを向いていて、しかも終わりがありません。

自責が続いているとき、体は緊張を解けません。安全ではない場所にいるのと同じ状態が、体の中で続きます。

そして緊張が続くと、感覚は絞られます。守るためです。

ですから、感覚を戻したいと思ったら、自分を責める時間を減らすことも、立派な生活の見直しです。

紙には、反省は軽く済ませて、優しく自分を育てましょう、と書いています。冗談のような言い方ですが、本気で書いています。

まとめ

最後にお伝えしたいことを、もう一度書きます。

感じられないのは、鈍いからではありません。体が音量を絞って、あなたを守っている状態です。

そして、その音量を戻すのは、感覚を磨く訓練ではありません。生活を整えることです。

食べ物、人との関わり方、自分の考え方、運動、そして遊び。この五つで自分を満たしていくと、体のほうから、そろそろ戻しても大丈夫かな、という判断が出てきます。

順番は、体の感覚が先です。お腹が空いた、疲れた、寒い。そういう当たり前のことが分かるようになってから、細やかなものが分かるようになります。

焦らなくて大丈夫です。分からないという状態は、あなたがこれまで何かに耐えてきた証でもあります。

まず、一つ減らして、一つ増やす。それだけで、体は変わりはじめます。

常若整骨院について

福岡市早良区で整体を行っています。院長の冨高が、二十年、延べ二万五千人の方の体に触れてきました。

体の状態を確認しながら、その方に合った形で進めていきます。強く押したり、大きく動かしたりすることはありません。

体調にご不安のある方は、まず医療機関を受診してください。整体は医療行為ではなく、医療を補うものとしてお考えください。

ご注意

この記事は、東洋医学の考え方と、当院での経験をもとに書いています。医学的な診断や医療の代わりになるものではありません。

体調に不安がある場合、症状が続く場合、急に強い症状が出た場合は、必ず医療機関を受診してください。

効果には個人差があり、回復を保証するものではありません。現在医療機関にかかっておられる方は、主治医の指示に従ってください。