施術時間が延びていくのは、手技が足りないからではありません
患者さんの肩に手を置いたまま、壁の時計を見る。
60分の予約で、もう70分が過ぎている。
筋肉を緩める。骨格を整える。呼吸を合わせる。一つひとつの手技は、セミナーで習ったとおりにできている。
なのに、終わりが見えない。
次の方が待合室で座っている。
今日はもう3人目。夜になる頃には、腕より先に気持ちが疲れている。
こんな一日に、心当たりがある先生は少なくないはずです。
私のところに相談に来たある先生も、まさにこの状態でした。開業5年目。筋骨格の手技を中心に、結果を出そうと勉強を重ねてきた方です。
今日は、この「施術時間が延びていく」という悩みの正体についてお話しします。
なぜ手技が増えるほど、施術時間は延びるのか
結論から言います。施術時間が延びるのは、手技の数が足りないからではなく、次に何をするかを決める基準がないからです。
手技を一つ覚えるたびに、施術中の選択肢は増えます。選択肢が増えるということは、その分だけ「どれを使うか」で迷う瞬間も増えるということです。
迷っている時間は、患者さんには見えません。でも体感では確実に伝わっています。手が止まる。表情が変わる。その数秒の積み重ねが、60分を70分に、70分を90分に延ばしていきます。
技術が未熟だから時間がかかるのではありません。持っている技術が多いのに、それをどの順番で出すかが決まっていないから、迷いが時間になって表れるのです。
考えてみてください。手技を1つしか知らない施術者は、迷いようがありません。できることが1つしかないので、それをやるだけです。時間も自然と短く収まります。
ところが手技を10、20と増えていくと、施術中に「この硬さには、どの手技が合うか」という判断を何度も挟むことになります。1回の判断に数秒しかかからなくても、1回の施術で何十回も判断を重ねれば、それだけで数分、数十分が積み上がっていきます。
これは技術が増えたことの副作用です。悪いことではありません。ただ、この副作用に気づかないまま手技だけを増やし続けると、施術時間はどこまでも延びていきます。
開業5年目のある先生に、実際に何が起きていたか
その先生は、筋骨格の手技を中心に施術をしてきました。セミナーにも通い、使える手技は年々増えていました。
それなのに、結果が安定しない。施術時間はどんどん長くなる。予約表どおりに終わらない日が続き、夜はいつも疲労困憊。
本人はこう話していました。
「手技は増えているはずなのに、なぜか前より時間がかかるようになったんです」
話を聞いていくと、施術中の様子が見えてきました。ベッドの上で患者さんの体に触れながら、頭の中では「このあとは筋膜か、それとも骨格の調整か」と選択肢を並べている。決め切れないまま、とりあえず手応えのありそうな方から試す。結果が薄いと感じると、もう一つ別の手技を足す。気づけば予定の時間を大きく超え、患者さんはベッドの上で何種類もの手技を受け続けることになっていました。
本人に悪気はありません。むしろ、できることを全部やって結果を出したいという、まじめさの表れです。ただ、全部やろうとするほど、どれが効いたのかも本人には分からなくなっていきます。
これは珍しい話ではありません。手技を学ぶほど、現場で選べる手は増えます。けれど、その手を「どの順番で出すか」までは、どのセミナーも教えてくれないことが多いのです。
渡したのは、新しい手技ではありませんでした
この先生に私が渡したのは、新しい手技ではありません。見立てです。
見立てとは、体のどこから手をつけるかを決める順番のことです。
症状が出ている場所に直接触れるのではなく、その手前にある流れを見る。表面の硬さだけでなく、その奥で何が滞っているかを確認する。そこから、今日いちばん最初に触るべき場所を一つだけ決める。
手技を足すのではなく、持っている手技の中から「今日はこれを、この順番で」と決める基準を渡しただけです。
具体的には、施術に入る前の段階を変えてもらいました。ベッドの上で迷いながら手技を選ぶのではなく、施術に入る前のカウンセリングと可動域の確認で、今日いちばん滞っている場所を一つに絞る。その一つを決めてから施術に入れば、ベッドの上で「次はどうしよう」と考える必要がなくなります。
これは、持っている手技を捨てることではありません。10の手技を持っているなら、その10を全部使おうとするのをやめて、今日の体に必要な1つか2つを選ぶ、という考え方への切り替えです。選ぶための基準さえあれば、残りの手技を使わなくても、施術者は困りません。むしろ、使わない手技が増えるほど、選んだ手技への確信が強くなります。
結果はこうなりました。
施術時間内に結果が出るようになり、かかる時間がかなり減りました。予約表どおりにやれるようになり、夜も元気に帰れるようになったそうです。
売上の話でも、技術の数の話でもありません。生活そのものが変わっています。
なぜ、順番が決まると時間が短くなるのか
これは不思議なことではありません。
迷いがあるから時間がかかっていたのなら、迷いがなくなれば時間は自然に短くなります。順番が決まっていれば、施術中に「次はどうしよう」と立ち止まる瞬間がなくなるからです。
そして、順番どおりに進めた施術は、体への伝わり方も変わります。あちこちに手を出した施術と、狙った場所に絞って届けた施術では、同じ60分でも患者さんの体感がまったく違います。
あちこちに手を出す施術は、体からすると、いろいろな刺激が次々に入ってくる状態です。体はどの刺激に反応すればいいか分からず、結局どれにも深く反応できません。一方、狙った場所に絞って届けた刺激は、体が一つのことに集中して反応できます。少ない刺激でも、深いところまで届きやすくなります。
時間が短くなって、結果が強くなる。この両方が同時に起きるのは、偶然ではなく、迷いが減った分がそのまま結果に変わっているからです。手技を減らしたのではなく、体に届く刺激の数を絞ったことで、一つひとつの刺激が深く届くようになった、という方が正確かもしれません。
技術を増やすより先に、順番を決める
私自身、独立したばかりの頃は、手技を増やすことに必死でした。セミナーに通い、DVDを買い込み、使える技術が増えれば結果も出ると思っていました。
それでも1年ほど、思うように患者さんが続きませんでした。予約表の空いている時間を見るたびに、どうしようと思っていました。寒気がくるのは、決まって寝る前でした。
あのとき足りなかったのは、手技ではありません。見る順番が決まっていなかっただけでした。覚えた手技は多いのに、目の前の患者さんに対して、どれを最初に使うべきかを自分の基準で決められていなかったのです。だから毎回、感覚と勢いで手を出していました。結果が安定するはずがありません。
もし今、手技を増やすことに力を使っているなら、一度立ち止まってみてください。増やした手技を、今日はどの順番で出すか。そこが決まっているかどうかを確認する方が、次の一手になることがあります。
手技を足す前に、今持っている手技の使い道を整理する。それだけで、施術時間は変わります。そして、施術時間が変わるということは、その日の予約が無理なく回るということでもあります。次の患者さんを待たせず、自分の体力も残ったまま一日を終えられます。
見立ての順番についてはこちらの記事でも詳しく書いています。見立ての順番
見立ては、患者さんだけでなく施術者自身も守る
見立てを渡すと、患者さんの結果だけでなく、施術者自身の体力も変わります。これは副産物ではなく、見立てが本来持っている働きです。
迷いながらの施術は、手を動かしている時間だけでなく、頭を使っている時間も長くなります。ずっと考え続けながら施術をするのは、体力ではなく神経を削る作業です。1日に何人も施術すれば、その削られた分が夜の疲労感になって出てきます。
冒頭の場面に戻ります。患者さんの肩に手を置いたまま、次の一手に迷う瞬間。あの数秒は、患者さんのためというより、施術者自身の不安から生まれていることが少なくありません。この手技で本当にいいのか、他に何か足りないのではないか。その不安を埋めるために、手技を足してしまう。
見立てがあれば、この不安は小さくなります。今日はこの順番でいく、と決めた上で施術に入れるからです。決め切った状態で施術に入ると、迷う回数が減り、神経の消耗も減ります。時間が短くなるのも、夜に疲れが残りにくくなるのも、同じ一つの変化から起きていることです。
技術を減らさなくても、施術者は楽になれます。順番を決めることは、患者さんのためであると同時に、自分自身を守ることでもあります。
よくある質問
手技を増やすこと自体は、やめた方がいいのでしょうか?
いいえ、やめる必要はありません。学んだ手技はどれも財産です。問題は数ではなく、それをどの順番で出すかが決まっていないことにあります。
見立てとは、具体的にどういう作業なのでしょうか?
症状が出ている場所だけでなく、その手前にある体の流れを確認し、今日いちばん最初に触るべき場所を一つ決める作業です。見る・触れる・聞くの順番を自分の中に持つことだと考えてください。
施術時間が長くなるのは、患者さんの状態が重いからではないのでしょうか?
状態の重さも関係はありますが、それだけでは説明できません。同じくらいの状態でも、順番が決まっている施術者は時間内に収め、決まっていない施術者は延びやすい傾向があります。
経験年数が浅いうちは、時間がかかるのは仕方ないのでしょうか?
ある程度は仕方がない部分もあります。ただ、経験年数を重ねても時間が延び続けている場合は、経験の問題ではなく順番の問題であることが多いです。
順番を決めると聞くと、マニュアル化のように感じます。それでいいのでしょうか?
マニュアルのように一律に当てはめるものではありません。患者さんごとに見立てた結果として、今日の順番を決める、という考え方です。型にはめるのではなく、見た結果を順番に落とし込みます。
予約時間を超えてしまったとき、途中で切り上げてもいいのでしょうか?
切り上げて構いません。無理に最後までやろうとすると、次の方の時間を削ることになり、全体の質が下がります。今日はここまで、と決める判断も見立てのうちです。
自分の見立てが合っているか、一人で確認する方法はありますか?
施術前に立てた予測と、施術後の患者さんの反応を毎回照らし合わせる習慣をつけることです。予測と結果がずれた日は、その日のうちにどこで外れたかを振り返ると、見立ての精度が少しずつ上がっていきます。
内臓や神経まで見られる自信がありません。筋骨格だけでも見立てはできますか?
できます。見立ては特定の分野だけの話ではなく、今持っている知識の中で、何から手をつけるかを決める考え方です。筋骨格の知識だけでも、順番を決めることはできます。
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この記事は施術者・施術家の方に向けて書いています。体の症状で困っている方は、まず医療機関を受診してください。









