安売りは、あなたの体を削っています

ベッドの横に立って、次の患者さんの名前を呼ぼうとした瞬間、こめかみが重くなっていることに気づいた。

開業して三年目、一日に十八人を入れていた時期がありました。安くして数で回せば、いずれ口コミが育つ。そう信じて、価格を低いまま据え置いていたんです。可動域を確認しようとした指先に、いつもより力が入らない日がありました。予約の合間にカルテを開くたび、今日もこの人数をこなせるだろうかと考えていました。朝の時点では、まだやれると思っているんです。けれど午後の後半になると、次の方の訴えを聞きながら、頭の中では残りの予約の数を数えている自分がいました。

結局、その時期に悲鳴を上げたのは、集客でも売上でもなく、私自身の腰でした。安くした分を技術でカバーしようとして、体のほうが先に音を上げたんです。

これは私だけの話ではありません。技術には自信があるのに、価格を上げられずにいる先生から、同じ構造の相談を何度も受けてきました。共通しているのは、値段を安くしているのは経営判断のつもりで、実際には自分の体力を担保に入れている、という自覚がまだ無いことです。

値段を下げると、なぜ集客ではなく自分の体の問題になるのか

結論から言います。安売りは、集客の工夫ではありません。施術者自身の体を削る装置です。

価格を下げれば、たしかに人は集まりやすくなります。けれど、集めた分だけ一人にかける体力が増えます。技術で補おうとしても限界があり、最後は量でカバーするしかなくなります。量を支えているのは、広告でも口コミでもなく、施術者の体そのものです。安売りの代償を払っているのは、財布ではなく、自分の腰や指先だったんです。

安い値段は、どんな患者さんを呼び込んでしまうのか

結論は、自分を大事にする余裕がない状態の方が、集まりやすくなるということです。

価格は、単なる金額ではありません。どういう関係を結ぶかを、先に決めてしまう装置です。値段が低いと、自分の体に手をかける余裕がない方が集まりやすくなります。悪気のある方は一人もいません。ただ、価格の低さが、そういう関係を呼び込んでしまうんです。

セルフケアの習慣も生まれにくく、同じ崩れ方を繰り返しやすくなります。すると施術者は、結果を出すために回数を重ねるしかなくなり、本来なら見立てで届けられるはずの変化を、時間と体力で埋め合わせることになります。

価格が実力に見合っているときは、逆の連鎖が起きます。自分を大事にできる方が集まり、セルフケアもしてくれて、変化が積み上がっていきます。施術者も、同じ時間できちんと報われます。

ここで誤解してほしくないのは、これは患者さんを値段で選別する話ではないということです。主語はあくまで価格です。価格という条件が、結果として、どういう関係が生まれやすいかを先に決めてしまう。そこを見ずに「安くすれば喜ばれる」とだけ考えていると、良かれと思ってやったことが、自分の首を絞める形で返ってきます。

量でカバーしようとすると、どこから壊れていくのか

結論は、売上でも評判でもなく、施術者の体から壊れていくということです。

価格が低いまま患者さんが増えると、一人あたりの時間を削るか、休憩を削るかのどちらかになります。どちらを選んでも、負担は施術者の体に蓄積していきます。私が十八人の予約を入れていた時期も、最初に壊れたのは経営ではなく腰でした。

恐ろしいのは、この壊れ方がゆっくり進むことです。今日明日で分かる変化ではないので、忙しさの正体が価格にあることに、本人はなかなか気づけません。忙しいのは集客が順調だからだと、むしろ良いことのように感じてしまう先生もいます。

私自身、十八人を入れていた時期は、予約表が埋まっていくことを素直に喜んでいました。腰に違和感が出はじめても、疲れがたまっているだけだと考えて、休む判断を先延ばしにしていました。壊れてから初めて、埋まっていた予約表の中身を見直したんです。忙しさを成果の指標にしてしまうと、体からの信号を無視する癖がついてしまいます。

価格は、金額以外の何を決めているのか

結論は、どんな関係を結ぶかということです。

以前、実力はまわりの誰もが認めているのに、月謝をご自身の実力よりずっと安く設定していた方の話を聞いたことがあります。見直したあと、その方自身の体調まで落ち着いていったそうです。安く付けていたのは、価格設定の失敗というより、自分への評価が、そのまま数字に出ていただけだったんです。

先生の値段も、同じものを映しているかもしれません。技術の量ではなく、自分の技術をどう評価しているかが、価格という数字になって表れます。

高くするのが怖いのは、技術が足りないせいなのか

結論は、技術の問題ではなく、確信の積み上げがまだ足りていないサインだということです。

値上げの怖さは、営業が苦手だからではありません。難しい症状を診てきた回数が、まだ足りていないだけのことが多いんです。筋骨格の症状だけを追いかけていると、触れば軽くなる場面が多く、追い詰められる機会がなかなか来ません。追い詰められる場面が来ないと、深いところまで診る経験が積み上がらず、言葉に力がこもりません。言葉に力がないまま金額を伝えると、こちらのほうが先に腰が引けてしまいます。整体の値上げで患者さんが離れるのは、失敗じゃないという記事にも、この部分を詳しく書いています。

値上げの言い方だけを練習しても、たいていこの怖さは戻ってきます。言い方の問題ではなく、もう少し手前にある問題だからです。

安さで選ぶ患者さん自身にも、同じことが起きているのか

結論は、はい、起きています。

値段で質の良い患者さんは判断していることが多く、自分のことを大事にするのでセルフケアもしっかりします。逆に、安さだけを基準に探し続けている間、自分の体を後回しにしている方も少なくありません。

これは患者さんを責める話ではありません。余裕がなくて安いところを選ぶ方は、実際に大勢います。ただ、安いところを探すこと自体が、自分に手をかけることを後回しにする選択になっている場合がある、という原理だけは、先生自身が知っておいたほうがいい視点です。これを知っていると、価格に見合わない要求をされたときの説明の仕方が、少し変わってきます。

すでに安売りしてしまった先生は、何から直せばいいのか

結論は、価格を動かす前に、今の価格にしてきた理由を自分の手で書き出すことです。

いきなり値上げをする必要はありません。まず、今の価格を変える前提ではなく、確認のためだけに一度書き出してみてください。そのうえで、その価格にしてきた理由を一行だけ書いてみます。理由が見つからなくても大丈夫です。何年も前に決めた価格のまま、見直す機会がなかっただけ、ということもよくあります。

価格に自信が持てない時期は、終わりのサインではありません。自分の技術を、自分の手で評価し直す段階に来た、というサインです。棚卸しをして、どの症状にどう対応できるかが見えてくると、値段の話は自然とその後ろについてきます。

技術職全般にも、同じ構造があるのか

結論は、はい、技術で食べている人すべてに当てはまります。

料理人、美容師、職人、デザイナー。腕があるのに価格を低く出してしまうと、その技術を雑に扱う方が集まりやすくなり、結果として本人が量でカバーし、体を壊していきます。これは整体や健康の話に限らず、働き方そのものの構造です。

私たちが整体師や鍼灸師として、この構造を自分の職業の中で先に理解しておくと、同業の先生から価格の相談を受けたときにも、金額の多寡ではなく、この線のどこで止まっているかで答えられるようになります。

自分を安売りしているかどうかは、何で分かるのか

結論は、予約が埋まるほど、自分の体が軽くなっているか、重くなっているかです。

予約が増えたときに、達成感より先に疲労や焦りが先に来るなら、それは価格が実力に追いついていないサインかもしれません。逆に、予約が増えるほど、見立てが当たる感覚が積み上がって気持ちが軽くなるなら、今の価格はまだ実力に見合っている可能性が高いです。数字ではなく、自分の体の反応を見るほうが、正直な答えが出てきます。

よくある質問

値段を下げてでも集客すべき時期はありますか?

あります。開業直後で、まだ自分のパターンが手元にない時期は、負担の少ない価格で数をこなし、手応えを集めるほうが先です。問題は、そこから抜け出すタイミングを自分で決めずに、そのまま何年も据え置いてしまうことです。

安売りをやめると、患者さんは離れていきますか?

一定数は離れます。ただ、離れていくのは、多くの場合、価格以外の理由で来てくれていなかった方です。残ってくれた方との関係のほうが、長い目で見れば負担が軽くなります。

価格を上げると、技術への自信もついてきますか?

順番は逆です。技術への確信が先に育ち、そのあとに価格がついてきます。価格だけを先に動かしても、説明の言葉が追いつかず、長くは続きません。

常連さんだけ、今までの価格のままにしてもいいですか?

一時的な配慮としてはあり得ますが、基準があいまいになりやすいので、誰にどこまで据え置くかを、先に自分の中で決めておくことをおすすめします。

保険診療と自費では、同じ考え方で見ていいですか?

基本は同じです。保険か自費かという枠組みよりも、今の価格が今の見立ての力に見合っているかどうかのほうが、本質に近い問いになります。

量でカバーする働き方は、いつか必ず体を壊しますか?

必ずとは言えませんが、負担が蓄積しやすい働き方であることは確かです。今は大丈夫でも、睡眠や体力の余力が減ったときに、一気に表に出てくることが多いです。

価格を書き出しても、何も変える気になれません。それでも意味はありますか?

意味はあります。今日はまず、自分がどう扱われているかに気づくだけで十分です。気づいた時点で、次に価格を見直すときの材料がひとつ増えています。

新規の患者さんより、既存の患者さんの価格を先に見直すべきですか?

どちらが先でも構いませんが、既存の患者さんへの案内のほうが、関係性への配慮がより必要になります。急な変更より、次回の予約より前に、余裕を持って伝えるほうが安心されます。

ここまで読んでくださった方は、値段そのものより、目の前の見立てをどう積み上げるかで悩んでいる先生だと思います。

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この記事は施術者向けに書いたものです。体の症状で困っている方は、まず医療機関を受診してください。

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