セルフケアの正論が届かないのは、伝える順番を間違えているからです

ベッドの上で、施術を終えた患者さんがこちらを見ないまま言いました。

「お酒だけは、ちょっと厳しいです」

睡眠を増やしてほしいこと、お酒を控えてほしいことを伝えた直後でした。私の手は、肩の上で止まりました。言っていることは間違っていないはずなのに、肩の硬さが変わっていないのを触って分かったからです。正しいことを伝えたのに、何も届いていない。この感覚に、覚えのある先生は多いと思います。

セルフケアを伝えても、患者さんが実行してくれない。何度も同じ話をして帰ってもらうのに、次に来たときも生活は変わっていない。技術セミナーに通って手技を増やしても、ここだけは変わりませんでした。私自身、独立してからずいぶん長く、この壁にぶつかってきました。

今日は、セルフケアの正論がなぜ届かないのか、その構造についてお話しします。

なぜ正論を伝えるほど、患者さんは動かなくなるのか

正論は正しいからこそ、受け取る側に「できていない自分」を見せてしまうからです。

早く寝てください、お酒を控えてください。これらは医学的にも、経験的にも間違っていません。ただ、正しい言葉であるほど、聞いた患者さんは「分かっているのに、できていない」という事実と向き合わされます。できない自分を突きつけられた人は、次に同じ話を聞くのがつらくなり、聞こえていないふりをするようになります。伝える側が熱心になるほど、受け取る側は心を閉じていく。これが、セルフケアの話がかみ合わなくなる最初の入り口です。

セルフケアが続かないのは、なぜ意志の弱さが原因ではないのか

患者さんは、変えられる範囲のなかで、いちばん痛くないものを選んでいるだけです。

現場でたくさんの患者さんを見てきて分かったことがあります。自分のやりたくないことはせず、できることで解決しようとする。これは甘えではなく、人がもともと持っている動き方です。食事を変えたくない方はサプリメントを増やし、仕事を減らしたくない方は寝具を替えます。どれも間違いではありません。ただ、いちばん変えたくないものだけが、そのまま残ってしまうのです。

本人は努力しています。それも、かなりの量です。だからこそ「ここまでやっているのに、どうして変わらないのか」と、本人も施術者も分からなくなります。答えは、いつも選ばれなかったほうに残っています。

答えは、患者さんが触れたくない場所にある

伝える前にまずやるべきことは、患者さんが変えたくないものを見抜き、その理由を責めずに受け止めることです。

触れたくない理由があるとき、それはたいてい、そこがいちばん痛い場所だからです。お酒をやめられないのは、お酒がその方にとって唯一の緩む時間だからかもしれません。夜更かしがやめられないのは、日中ずっと誰かのために動いていて、夜しか自分の時間がないからかもしれません。ここを弱さとして扱うと、患者さんは余計に心を閉じます。そうではなく「そこがいちばん痛いから、触れたくないんですね」と、まず受け止める。それだけで、同じ正論でも聞こえ方が変わります。

正論を伝える前に、何を確認すればいいのか

最初に渡すべきものは、アドバイスではなく「次までに何もしなくていい」という許可です。

アドバイスが響かないとき、私たちはつい「もっと分かりやすく伝えよう」「もっと熱心に説明しよう」と、言葉を工夫する方向に向かいます。ですが、響かない原因は言葉の精度ではないことが多いのです。頑張り続けて疲れ切っている患者さんは、新しい課題を受け取る余力がもう残っていません。そこに正しい助言を渡しても、受け取る手が空いていないので、そのまま落ちてしまいます。

このとき最初にできるのは、課題を渡すことではありません。「今日から次までは、何もしなくて大丈夫です」と、休む許可を言葉で渡すことです。多くの患者さんは、誰からもこの許可をもらったことがありません。許可が渡ったあとのほうが、同じ提案がすっと通ることが、現場では何度もありました。

動かせるものだけを渡すと、何が変わるのか

睡眠のように生活全体を変える提案ではなく、意志だけで動かせる小さな一点を渡すほうが、実際に実行されます。

「睡眠を増やしてください」は、仕事の時間や家族の生活まで変えなければ実現しない提案です。これでは本人の意志だけでは動かせません。一方で「トイレに行く回数を一つ増やす」「湯船に3分だけ浸かる」のように、今日の生活を崩さずに実行できる提案は、意志だけで動かせます。動かせないものを指しているのに、こちらは「響いていない」と感じている。実際には、渡した提案そのものが、今のその人には動かせないものだった、というだけです。渡す提案の大きさを、本人の今の余力に合わせることが、技術より先に要る作業です。

目的を患者さん自身のものに書き換えると、何が変わるのか

セルフケアの目的が施術者側の言葉のままだと、同じ助言でも患者さんの中に入りません。

「痛みを取るために、睡眠を増やしてください」。これは、こちらが達成したいゴールです。患者さん自身が欲しいのは、痛みが消えることそのものではなく、痛みのせいでできなくなっていたことのはずです。孫を抱っこしたい、好きな仕事を長く続けたい、旅行に行きたい。その人自身の言葉に目的を書き換えてから同じ提案を渡すと、同じ内容でも受け取り方が変わります。目的が施術者側のものになっている間は、どれだけ正しい提案でも、その人のものとして入っていきません。

旦那さんが変わらないのと同じ構造が、セルフケアにもある

相手を変えようとする努力より、自分の渡し方を変えるほうが、結果として相手を動かします。

以前、ある発信で「ご家族の態度を変えるより、ご自身の状態を整えるほうが早い」とお伝えしたとき、こういう声をいただきました。「変わるべきなのは相手の方なのに、こちら側に指南するのはおかしい」。正論です。そしてその通りだと思います。ただ、私がこれまで数多くの患者さんを診てきて、相手のほうが変わった例は、ほとんど見たことがありません。だから、変えられるほうから動く。これは、あきらめではなく、現実に効く順番です。

セルフケアも同じです。患者さんの意志が変わるのを待つより、私たちが渡す順番と渡す大きさを変えるほうが、結果として患者さんが動き出します。変わらない相手を責めている間は、こちらの時間も体力も削られていくだけです。

変わらないとき、見立てを疑う前に何を確認すればいいか

初回で伝えたことを、患者さんがどう受け取ってどう実行したかを、2回目の最初に必ず確認してください。見立てが外れたと判断する前に、実行されたかどうかを先に分ける必要があります。

施術がうまくいかなかったとき、多くの施術者はまず自分の見立てを疑います。手技の精度が足りなかったのか、順番を間違えたのか。これは誠実な姿勢ですが、順番を一つ飛ばしています。見立てが外れたことと、伝えたことが実行されなかったことは、別の出来事です。実行されなかった提案を「効かなかった」と判定することはできません。

2回目の施術に入る前に、「初回のあと、お伝えしたことはどんな感じでしていただけましたか」と、必ず聞いてください。この一言で、実行できなかった理由と、見立てそのものの精度を分けて見ることができます。実行できなかった理由が分かれば、それはこの記事でお伝えした渡す順番の話に戻ります。見立て自体を一からやり直す必要はありません。

私自身、この一言を挟むようになってから、見立てを疑って手技を増やす回数が減りました。増やしていたのは手技ではなく、確認する一言だったのです。

では、何から変えればいいのか

まず、許可を渡す。次に、意志だけで動かせる一点だけを渡す。最後に、目的を本人の言葉に置き換える。この順番を変えないことが、セルフケアを実行してもらう近道です。

手順を増やすのではなく、いまお伝えしている内容の渡す順番を見直すだけで構いません。初診で一気に生活全体を変えようとせず、2回目以降に少しずつ範囲を広げていく。2回目の最初に実行の確認を挟み、できていなかった部分があれば、提案の大きさをもう一段小さくする。これだけで、同じ説明が、同じ患者さんに、違う形で届くようになります。

患者さんの前で手が止まったとき、次に見るべきものは手技ではなく、いま渡している提案の大きさです。それだけで、ベッドの上の空気が変わります。

よくある質問

セルフケアを伝えても毎回忘れられてしまいます。繰り返し言うべきですか?

繰り返す前に、提案そのものが今のその方の意志だけで動かせる大きさかどうかを見直してください。大きすぎる提案は、何度繰り返しても実行されません。

患者さんに「できていません」と言われたとき、どう返せばいいですか?

まず「できなかったのは、意志が弱いからではありません」と伝えてください。責めずに受け止めることで、次の提案が初めて届く状態になります。

休む許可を渡すと、施術の手を抜いていると思われませんか?

逆です。今日は何もしなくていいと伝えたうえで、できることを一つだけ渡すと、患者さんはむしろ丁寧に見てもらえていると感じます。

目的を患者さん自身の言葉に置き換える、とは具体的に何を聞けばいいですか?

「痛みがなくなったら、何がしたいですか」と聞くだけで十分です。出てきた答えを、そのあとの提案の目的として使います。

家族関係まで踏み込んで聞くのは、やりすぎではないでしょうか?

生活の中で誰のために動いているかを知ると、提案の大きさを間違えにくくなります。踏み込みすぎず、問診の中で自然に聞ける範囲で構いません。

セルフケアが続く人と続かない人の差は、性格の差ではないのですか?

性格ではなく、提案の大きさと渡す順番の差です。同じ性格の患者さんでも、渡し方を変えると実行率が変わります。

何度も同じ話をして、こちらが疲れてしまうときはどうすればいいですか?

伝え方を工夫するより先に、提案の大きさを小さくしてみてください。こちらの負担も、同時に軽くなることが多いです。

この考え方は、どんな症状の患者さんにも使えますか?

症状を問わず使えます。むしろ、生活習慣が深く関わる症状ほど、渡す順番の差が結果の差になります。

ここまでお読みいただいた先生には、現場で使える資料をまとめてお渡ししています。症状別の見立て辞典、患者さんへの説明の設計図、内臓疲労と体質のチェック表、口コミのお願い文など、全部で17本です。詳しくは公式LINEからご確認いただけます。

整体師・鍼灸師だけが集まっているオープンチャットもあります。現場で詰まっていることを、同業の先生たちと話せる場所です。オープンチャットから入っていただけます。

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見立ての優先順位について、以前こちらの記事でも詳しくお伝えしています。見立ての順番については、こちらの記事もあわせてご覧ください。

この記事は、整体師・鍼灸師・柔道整復師など、施術をされている先生方に向けて書いています。患者さんご自身で読まれている場合、体の症状については、まず医療機関にご相談ください。

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