整体師が発信で何を書けばいいか分からない時、自分の理論を探す場所を変える方法

夜、施術を終えたあとのパソコンの前。画面は真っ白なまま、30分が過ぎている。

セミナーで教えているある先生から、こんな相談を受けました。発信をしようと開くたびに、何も書けずに時間だけが過ぎる。他の先生の投稿を見て「この理論は使えそうだ」と真似して書いても、読み返すと自分の言葉ではない気がして消してしまう。それを何日も繰り返すうちに、発信そのものが怖くなってきた、というお話でした。

技術のある先生です。長く患者さんを診てきた方でした。それでも本気で「自分には、書けるほどの理論がない」と思い込んでいました。

先生の頑張りが足りないのではありません。書けないのは、勉強不足でも文章のセンスの問題でもなく、理論を探す場所が違っているだけです。私も開業したばかりの頃、同じ場所で長く止まっていました。この記事では、何を書けばいいか分からない時に、どこを見ればいいのかを順番に書きます。

なぜ、発信で何を書けばいいか分からなくなるのでしょうか

理論は本や講座の中にあるものだと思い込んでいるからです。

発信を始めようとすると、多くの先生は「正しい知識を、分かりやすく伝えなければ」と考えます。すると、探しに行く先が本棚やセミナーのノートになります。自律神経の本、東洋医学の本、習った言葉。そこから一文を選んで、自分の言葉に直して並べる。

この作業は、実は一番苦しい書き方です。借りてきた材料を整えているだけなので、書く側に何も残りません。しんどさの正体は、理論が足りないことではありません。理論を外から借り続けていることです。

借りてきた理論で書くと、なぜ反応がないのでしょうか

誰が書いても同じ文章になるからです。

私は開業したばかりの頃、本棚の自律神経や東洋医学の本を全部読み直して、投稿にしていました。深夜に机へ本を三冊ほど広げて、気になった一文を書き出し、言い換えて、投稿の形に整える。毎回二時間近くかかりました。最初の数本は、それなりに読まれました。

でも数日後に読み返すと、他の先生の発信とほとんど見分けがつきません。患者さんの体に触れて分かったことは、文章の外に置いたままでした。

ある夜、本の内容をかなり丁寧に言い換えて投稿したのに、反応はほとんどありませんでした。閲覧の数字だけが残った画面を見ながら、悔しいというより納得していました。自分でも、心が動かないまま書いた文章だったからです。

同じ時期に、師匠から「情報を抜くだけでは意味がない」と言われました。知識を正確に伝えることと、その人にしか書けない言葉を渡すことは、別の作業です。

施術台の上では言葉が出るのに、パソコンの前では出ないのはなぜでしょうか

理論を持っている場所と、取り出そうとしている場所がずれているからです。

不思議なことに、施術の最中の私は、毎回ちゃんと言葉を出していました。患者さんの肩に手を置いて、「このあたりの硬さは、最近の生活でこういうことがあったからだと思います」「前回よりここが軽くなっているので、このまま続けましょう」と。詰まることなく、その場その場で違う言葉が出てきます。

その言葉は、本から借りたものではありません。その患者さんを何度も見て、触れて、聞いて積み重ねた、私自身の理論でした。

それなのに、同じ日の夜、パソコンの前では一文字も出てこない。この差を、私は長いあいだ、技術と文章力の違いだと思い込んでいました。そうではありません。施術台の前では自分の手と記憶から言葉を出していて、パソコンの前では本から言葉を探していた。それだけの違いでした。

「自分の理論」より「あなたの理論」とは、どういう意味でしょうか

借りた理論ではなく、今まで触ってきた患者さんの経過こそが資産だという意味です。

セミナーの面談で、この相談をくれた先生に、私はこう伝えました。

「自分の理論よりも、あなたの理論を書いてほしいんです。今までこの先生が診てきたことが、全部、資産になるんです」

先生は、ぴんと来ない様子でした。理論とは、本に書いてある体系立ったものだと思っていたからです。「あんまりカルテに書いてないんですよね」と、少し申し訳なさそうに話されました。

私も最初に同じことを言われたら、同じ顔をしたと思います。理論は勉強して手に入れるもので、自分の中から取り出すものだとは思っていないからです。でも、読む人にとって価値があるのは、同じ本を読んだ人なら誰でも書ける理論ではありません。その先生にしか書けない理論のほうです。

カルテに書いていなくても、理論は記憶の中にあるのでしょうか

あります。患者さんの名前を見れば、経過は思い出せるからです。

「あんまり書いていない」と言う先生は多いです。けれど、名前を見ただけで、その方の初診の様子や、どこが硬かったか、何回目で変わり始めたかを、ふっと思い出せる。待合室での会話や、施術中にかけた言葉まで浮かぶ。書いていないことのほうが、むしろ多いくらいです。

つまり、理論の材料はすでに先生の中にあります。発信に必要なのは、新しく何かを学ぶことではなく、持っているものを思い出す作業です。

ここで一つ、守ってほしいことがあります。患者さんの氏名、年代、病名、服薬、勤め先など、本人と分かる情報は書きません。書くのは「こういう経過をたどる方が多い」という、先生の見立てのパターンだけです。

具体的に、何をどう書き出せばいいのでしょうか

直近の患者さんを三人選び、それぞれ三〜四行で経過を書き出します。

やり方は単純です。

1. 予約表かカルテから、最近来ている患者さんを三人選ぶ
2. 一人ずつ、初めて来た時の様子を一行で書く
3. 施術を重ねるなかで、先生が気づいたことを一〜二行で書く
4. 今の状態を一行で書く

文章にしなくて構いません。メモで十分です。書き終えたら三人を並べて読み返してください。

並べると、同じ視点で見ていることに気づく先生が多いです。「この先生が得意にしている患者さんは、体の硬さの前に、睡眠か気の張りに共通点がある」のように、本人が意識していなかった見方が浮かんできます。何年も同じ視点で診てきたのに、言葉にしていなかっただけなのです。

その見方こそが、先生の理論です。そこから一本の投稿が書けます。本から借りた一文より、はるかに読まれる文章になります。

理論を書き出したあと、投稿はどう組み立てればいいのでしょうか

場面から始めて、先生が何を見立てたかを書き、最後に次に確認することを置きます。

おすすめの順番は次のとおりです。

  • 最初に、施術台の横の場面を一つ置く。患者さんの肩の様子、呼吸、ふともらした一言など
  • 次に、そのとき先生の頭の中で何が起きていたかを書く
  • 最後に、次の回で何を確認したかを書く

この順番は、そのまま見立ての順番でもあります。発信を書く作業が、自分の見立てを整理する作業にもなります。見立ての順番については、別の記事でも書いています。

もう一つ大事なのは、きれいにまとめようとしないことです。結論が一つに決まらなくても、迷ったことをそのまま書いて構いません。迷いの跡は、現場にいる人にしか書けないものだからです。

それでも手が止まる時は、どうすればいいのでしょうか

一本を完成させようとせず、三行だけ残して終わりにします。

書けない日の多くは、最初から「良い投稿を一本」と考えています。そう思うほど、画面は真っ白になります。まずは三行だけ書いて保存する。明日それを見て、続きが出てくればそのまま書く。出なければ、また三行足す。それで十分です。

文章がうまい必要もありません。才能も要りません。先生が積み上げてきた経過は、誰にも奪えません。

理論を探す場所を変えると、先生の中では何が変わるのでしょうか

発信が「正しさを示す作業」から「自分の見立てを残す作業」に変わります。

借りた理論で書いている間は、間違えないことが一番の目標になります。だから怖くなり、手が止まります。けれど自分の経過を書くなら、目標は「正しいか」ではなく「私はこう見た」になります。これは嘘をつく必要がない書き方です。

もう一つ変わるのは、患者さんへの説明です。発信のために自分の経過を言葉にしておくと、問診や施術中の説明が、同じ言葉でできるようになります。会計の窓口で「今日の説明、分かりやすかったです」と言われる場面が増えます。発信と現場は、別々の仕事ではなく、同じ見立てを別の場所で話しているだけです。

技術が悪いのではありません。見る順番と、言葉にする場所が決まっていないだけです。決まれば、画面が真っ白な夜は少しずつ減っていきます。

よくある質問

発信のネタが本当にない時は、何から始めればいいですか?

直近で診た患者さん三人の経過を、三〜四行ずつメモすることから始めてください。ネタは新しく探すものではなく、すでに診てきた経過の中にあります。

カルテにほとんど書いていませんが、それでも書けますか?

書けます。名前や顔を見れば、経過を思い出せる先生がほとんどです。カルテの文字数ではなく、記憶の中の積み重ねが材料になります。

本で学んだ理論は、発信で使ってはいけませんか?

使って構いません。ただし、本の説明だけで終わらせず、自分が診た経過で確かめた部分を一言添えてください。借り物と自分の経験が組み合わさったときに、その先生の文章になります。

患者さんの情報を書いても大丈夫ですか?

本人と分かる情報は書かないでください。氏名、年代、病名、服薬、勤め先などは外し、「こういう経過をたどる方が多い」というパターンだけを書きます。

文章が苦手で、うまくまとめられなくても大丈夫ですか?

うまくまとめる必要はありません。場面を一つ置いて、そのとき何を見立てたかを書くだけで十分に伝わります。整った文章より、現場の様子が見える文章のほうが読まれます。

毎日投稿しないと意味がないでしょうか?

毎日である必要はありません。続けられる頻度で、先生にしか書けない内容を出すほうが大切です。無理に頻度を上げると、また借り物の理論に戻ってしまいます。

他の先生の投稿を参考にしてもいいですか?

参考にして構いません。ただし、文章をなぞるのではなく、「自分の患者さんでは、どうだったか」に置き換えて書いてください。置き換えた部分が、先生の理論です。

書いた内容が間違っていないか不安な時は、どうすればいいですか?

医療効果を断定せず、「私はこう見立てた」「こういう経過の方が多かった」と、自分の経験の範囲で書けば大丈夫です。急な麻痺や激しい痛みなどが絡む話では、受診をすすめる一文を添えてください。

反応が出るまで続けられるか心配な時は、どうすればいいですか?

反応がない時期は誰にでもあります。私も、本の内容を言い換えて投稿していた頃は、ほとんど反応がありませんでした。自分の経過を書くようになってから、読まれ方が変わりました。まず三人分のメモから始めてください。

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この記事は施術者の先生に向けて書いたものです。体の症状で困っている方は、医療機関にご相談ください。

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